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葬送

  • 執筆者の写真: rain
    rain
  • 2021年5月12日
  • 読了時間: 6分

更新日:2021年8月21日

◆ロイ→←エテ/事後

◆ブクレ軸?なのか?謎軸




 ぽたり、ぽたり、と頬の上に水滴が降ってきて、エーテルネーアはきつく閉じたままだった瞼を上げた。

「……っ、はっ、は……!」

 荒い息を吐きながらエーテルネーアの両足を抱え上げていた男は、今はもう動きを止めて、美貌の顔面を歪めながら快楽の余韻を味わっているようだった。

 またひとつ、ふたつと、頬に汗が落ちてくる。その一粒が睫毛を掠めて甘い色の瞳の中に落ちる。急に涙が湧き上がってきた気がして、エーテルネーアは聖印の刻まれた左手で自分の顔を隠した。

「お水……どうぞ」

 男は、ロイエはすぐにエーテルネーアの上から退けると、ナイトテーブルの上に備えられた水差しから水を寄越した。

 先程まで彼が呑んでいた度数の高いスピリッツがグラスの底に残っていたのだろうか。注がれた水は少しだけ辛く感じられて、喉に突き刺さりながら腹に落ちてゆくのが今の気分には丁度良い。

 寝台にぺったりと座り込みながらエーテルネーアが水を飲み干すのを見守って、それが終わるとロイエは、硬い掌で顔を拭ってくれる。薄く笑いながら床に足を降ろすので、慌てて彼の右手を捉えた。

「帰らないで」

「帰りませんよ。……ちょっとタオルを取ってきます」

「要らない」

 緩く首を振って見せれば、そうですか?と小首を傾げながら笑いかけてくれる。天蓋の下に光など届いているはずもないのに、傾げた拍子にさらりと流れた銀髪が輝いて見えた気がした。

 右手を引いてヘッドボードに重ねられた枕の上に彼を寝かせると、その肩口に向かって自分のこめかみを押し付ける。これでロイエは動けない。もう暫くは出て行けないようにする計算だった。

「珍しいですね……甘えてるんですか?」

「そうだよ。もう少しだけ傍に居てほしいから」

 素直に言うと、上から笑い声が降ってくる。力強い腕で抱きしめてくれるので、エーテルネーアは彼の胸の上にひと房流れた髪を指先で弄んだ。

 笑われても構わない。なんでもいい。ただ、独りにされたくなかった。

 カーテンの隙間から射し込むアークの明かりが、光の一筋になって寝室に差し込んでいる。その帯の中をちらちらと輝きながら浮遊している光の粒は、美しく輝いては見えても、実際はただの空気中の埃である。まるで自分の事のように思えて、エーテルネーアの唇に思わず嘲笑が浮かんだ。

 ロイエは何故、優しいのだろうか。ロイエは何故、エーテルネーアを抱くのだろうか。

 最近はそんなことばかり考えている。

 一つは、エーテルネーアに逆らえないからだろう。ロイエが隊長で居る限り、自分はその上司に当たり、命令できる権限を持つ。彼の生活を、時には命をも左右させる権限がエーテルネーアにはあって、ロイエはそれに忠実に従わなければいけない。彼の中に忠誠などという感情があるのかはわからないし、持っていても欲しくないが、恐らくそういうことなのだ。

 もう一つの理由は、多分、ロイエの征服欲が満たされるからだ。

 美しい容姿に見合った温和な性格をしているように思われがちだが、ロイエはその実なかなか剛毅な男だった。戦略はいつも豪胆で、情け容赦のない人だと聞いている。

 実際にそういう姿をみたことのないエーテルネーアにはその噂の真否を確かめられないが、少なくともベッドの中ではその通りで、何度泣きながら厭と言っても執拗に責められて陥落するまで許してもらえない。

 多分エーテルネーアのそういう部分が、ロイエの感性を満足させているのだろうと思う。

 結局はお互いがお互いの肉欲を満たすのに丁度良かっただけで、この立場だからこそ成り立っているのが、このひと時なのだろう。

 愛などという生温い感情の成し得るものではない。そう思った方が合点がいく。そう思った方が、楽になれる気がした。

「エーテルネーア様……?眠られましたか?」

 髪を弄んでいた右手が止まっていたからだろう。ロイエがごく静かな声で囁いた。

 初めて唇を重ねた時、まるで世界が終わってまた再び始まったのかと思うほどの衝撃を受けた。その衝撃はやがてすぐに喜びに変わり、エーテルネーアは初めて、恋という言葉の意味を知った。

「僕より先に死なないでください」

「えっ、と、唐突、ですね……」

 事後に脈略なんてものはない。ただ、最近考え続けて出た答えを、今伝えておかなければいけないような気になっただけだ。

 ロイエの右腕に力が込められて、笑い含みの声音が降ってくる。

「次の遠征が不安ですか?」

 エーテルネーアは緩く首を振る。

 あの頃は浮かれていて、まるで莫迦みたいだった。今胸の中に湧き上がってくる痛みは自分への罰だ。幼かった自分。ものを知らなかった自分。端から赦されるはずがない自分。そして、この行為が愛ではないと解っていてもなおロイエを嫌いになれない自分への、罰なのだろう。

「君の葬儀に『エーテルネーア』は参列できないから」

 この感情は自分だけが死ぬまで腹の底で飼えばいい。誰にも晒すべきじゃない。

きっとロイエは困ってしまうだろう。そんなつもりじゃなかったのに、とは彼は言えないはずだ。エーテルネーアが言わせないから。

「だから、僕が死ぬまで、ちゃんと傍に居てください」

 視線の先でちらちらと輝く埃は、沈んだり舞い上がったりしながら光の帯の中を泳いでいる。その帯に向かってロイエの髪を透かしてみても、天蓋の下はただ闇であった。

「そんなこといったら、僕はどうすればいいんです?」

 溜息と共に急に肩を押し遣られ、転がされた身体はあっという間に天井を仰いだ。ロイエの生温い熱を帯びた金属の左手が頬に添えられ、その指先がエーテルネーアの輪郭を緩く撫でる。

「貴方の葬儀はアークを挙げての大儀式ですよ?信者という信者がこぞって献花に押し掛ける。最期の時を二人きりで過ごすことなんかできないんです」

「………」

「その上、ご遺体はエンバーミング処理されて永遠に大聖堂の地下だ。隊長の権限を行使したって、好きな時に会いに行けない」

「………そう、なるね」

「え、解っていてそういうことを仰るんだ?忌々しいなぁ、この口は」

 ロイエは文句をつけると、ちっとも忌々しいと思っていないような柔らかさで唇を合わせてくる。口づけは余りにも甘く、それに促されて両手で彼の首を抱くと、エーテルネーアの腕を伝って長い髪がシーツに滑り降りた。

「それ以前に……耐えられません」

 口付けの合間に囁かれた言葉がしおらしく思えて、エーテルネーアは笑った。

「優しいね……」

「違います。弱いんです」

 天蓋の下に衣擦れの音が立つ。エーテルネーアは自ら右足を持ち上げると、男の左肩にわざとらしく引っ掛けてみせた。

「なら、今、殺してほしい」

「無理ですね……こっちがやられました」

 笑いながらそんなことを言うロイエの生温い左手は内腿を撫で上げ、脹脛に落ちた唇の感触を味わい始めたエーテルネーアは、それ以上考えるのをやめてしまった。



(君を愛してる)

 だから、真夜中の祭壇にたった一輪、花をくれたらそれでいいのだ。





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