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午前一時の無理心中

  • 執筆者の写真: rain
    rain
  • 2022年1月31日
  • 読了時間: 8分

更新日:2022年2月3日

◆人狼ゲームの数日後の事後








「ユキ、お風呂空いたよー」

 シャワーを浴びて帰って来ると、寝室のど真ん中に置かれたベッドの上は静まり返っていた。煌々とシーツの白を際立たせていたシーリングライトもすっかり灯りを落としていて、穏やかな息遣いだけがモモに返事をする。

 少し休んだら行く、と長い手足を投げ出して放心していた男は、バスルームには終ぞ現れなかった。おそらくそのまま寝入ってしまったのだろう、モモがベッドを離れた時の状態のまま全裸を晒しながら目を閉じているのだ。

「ユキ~? シーツ替えるよー起きてー」

 囁きながら湿ったシーツの上を這って行くと、午睡から醒めたように一度大きく喘いで、ユキは瞼をあげた。

「寝落ちた……何時?」

「一時ちょっとすぎ。シャワー浴びないの? モモちゃんがアシストしてあげますぞ?」

「めんどくさい……このまま寝ていい?」

 消え入りそうな声で言いながら、掛布団を素肌の上に引き上げるモモの腕にずるずると擦り寄ってくる。

「シーツは?」

「めんどい」

「ユキが気にしないなら良い? のかな?」

「いい。モモも寝て……」

 モモが枕に頭を預けると、これを待っていたのだと言わんばかりにユキの後頭部が左腕を枕にして肩口に乗り上げてくる。ラブラブ期をめいっぱいアピールする時にモモがよく強請る腕枕スタイルを逆に求められて、モモは汗で湿り気の篭った頭ごとユキの肩を抱き寄せた。

「オオカミさんが急にバブちゃんになった!」

「ばぶー、モモのおっぱいおいしかったでしゅー」

「エッチなバブちゃんカワイイなぁ~! ちゅうしちゃお!」

 わざとらしいリップ音を立てながら頭の至る所にキスをすると、ユキは喉の奥でくつくつと笑った。

「ていうかさ、ドSに攻めまくってたダーリンが終わった後はラブラブに甘やかしてくれる、って設定じゃなかったの? モモちゃんが抱いたみたいになっちゃったよ」

「そんな設定あったっけ……」

「酷いよぉ! ハードからのイチャラブめっちゃ期待してたの暴露させられちゃった! モモちゃん恥ずかしいもうお嫁にいけない責任取って」

「おいでおいで。僕は抱かれる男になるよ、嫁のケツに」

「ケツに!」

 雑な物言いにモモは思わず大声で繰り返してしまった。

 なるほど? ケツで? ユキを? 抱いてる? オレが? なるほど!

 納得すると急に腕枕に満足して今にも寝入ってしまいそうな男のことが愛おしく思えて、モモは鼻息も荒く腕の中のユキをしっかりと抱き直す。

 人狼ゲームでの推し変作戦は結果的に大成功だった。テレビウケ、ファンのウケを狙って繰り出してみたのも半分以上あるが、ユキはどうも『推し=愛してる』だと安直に思っている節があるから素直にお餅を焼いてくれたようだ。その焼き加減といったら相当で、餅が膨れ上がっても焦げても延々と焼き続けて、網まで焦げてボロボロになるまで真っ赤な炎でじっくりと殺されたのである。

 ベッドの上に這わされて後ろからぐちゃぐちゃに突き回された。明日は入りが遅いからインサートまでオーケーしたのに、ゴムを着けてくれなかったから中出しされ放題だった。最中はひっきりなしにぐちゅぐちゅと音が立っていたし、洗い流すのもかなり大変だったのだ。

 ゴム無しは許してない、激しいのは好きだけどいきすぎると苦しい。何度訴えても猛烈に胎の中を突き上げてくる熱に苦し紛れの抵抗を示しながらモモは、内心ではずっぷりとその深く暗い妬心の海に浸っていた。

 僕を売るなよ。

 僕を捨てるなよ。

 僕以外の男を推すな。

 僕以外の人間にいい顔をするな。

 耳元で吠えるように刻まれた言葉の数々を思い出すだけで身体の奥がまたじんわりと疼くようだった。そういうプレイの一環とは言え、ユキがあんなふうにストレートに感情を言葉にしてぶつけてくることなんて滅多にあることではない。気持ちいいと感じられる圧迫感が痛みに変わるぎりぎりをモモが求めているのを知っているとでも言いたげな、横暴なセックスだった。火炙りに処された裏切者は身も世もないくらい悶え苦しまされたのに、あの責め苦が永遠に続いてくれたら良いだなんて思ってしまっていたのが、ユキにはバレていたのかもしれない。

(だって、毎日嫉妬されたいもんね。オレばっかなんてズルいよ)

 お陰で今まで見たことのないくらいに余裕のないユキを摂取できた。力強く腰を振って、足を踏ん張って、まるで獣のようにモモを貪ろうとする姿なんて、この先もう一度見られる機会に恵まれるのは五年後か十年後かわからない。乱暴なのは苦手だが、気遣いも優しさもすべてかなぐり捨てて求められている実感は、モモを快楽の海に突き落とすのに充分すぎるほどだったのだ。

(ゲーム様様! 局に足向けて寝らんないね~)

 そう浮かれた心で思う反面、妙な類の心配も沸き上がってくる。

 ゲームの役柄の推し変を信じて嫉妬するなんて、ユキは少し心根がピュアすぎやしないだろうか。誰かの言葉に惑わされて酷い目に遭ったりしそうで心配になる。この先ユキの隣を誰かに譲ってやる気もないからそんな心配は杞憂であると断言できればいいのだが、そうも言っていられない時にピュアが先行してユキが傷付かなければいいのだが。

(うーん、オレが心配してるのはソレじゃないなぁ……)

 推しという言葉を安易に使えばユキが嫌がるかもしれないのを解っていてわざと何度も言ってみたのは、嫉妬してほしいからではないのかもしれない。ましてや激しく求められたかったわけでもないのかも。

 きっとあれだ。

 あの言葉が欲しいだけ。

「ねえ、……ユキ?」

「ん……」

 遮光カーテンに遮られた部屋は、そこらしゅうにユキの吐息が満ちているように感じられた。その静けさに時折、マンションの前を通り過ぎる車のエンジン音が遠くから滑り込んでくる。

 モモはそっと、囁くように言葉を口にした。

「もしもこの先オレがホントに居なくなったらさ……、ユキはどうする?」

 腕に抱え込んだ千の身体は、相変わらずゆったりとしたリズムで胸の鼓動を刻んでいる。その旋律の隙間を縫うようにして、覚束ない返事が肌の上を撫でた。

「……地獄のはてまで、……おいかける」

 心臓が、きゅっと音を立ててリズムを刻んだのがわかった。

 一拍遅れて、モモは大声で笑った。

「あっ、ははははっ!」

「……んるさいよ」

「ちゃんと追いかけてくれるんだ! ちょう優しい!」

 暗い部屋の中で表情など見えるはずもないのに思わずユキの寝顔を覗き込んでしまった。ぎゅっと左腕に力を込めると、モモの笑い声に溺れるようにしてユキの左腕が胸の上に乗り上げてくる。

「いや?」

「ううん! 嬉しい! やっぱイケメン、世界一のスーパーダーリン!」

「………」

「ユキ大好きっ!」

 弱々しく力の篭められたユキの腕を赤ちゃんにするようにしてとんとんと優しく叩くと、ユキは一度、溜息のような呼吸を胸の奥から吐き出した。

 可愛い男だ。寝入り端に安心したように深呼吸するなんて、まるで泣き疲れたこどもがするような可愛らしい仕草だ。先程まで一心不乱に腰を振りたくっていた男と同じ人物とは思えないほどである。

 眠気が乗り移ったように瞼が重くなってきて、ゆったりと瞼を閉じながら地獄の果てまで追いかけてくるユキを想像する。

 もしもこの先ユキに何か……、例えばユキの音楽活動が阻害されるとか、生命が脅かされるとか、愛情が縺れてしまってモモの存在が邪魔になってしまっただとか……、そんな出来事が起こったら、自分はどうするだろうか。

 ユキと一緒に抗うのだろうか。相手を遣り込めるために策を巡らせて、どうにかしてトラブルを排除するのだろうか。ユキを守るために闘うのだろうか。

 それもいい。今までだってそうしてきたから、きっと闘えるだろう。

 しかし、もしも、自分自身がユキの一生にとって邪魔な存在になってしまったらどうだろうか。

 モモは抗えるだろうか。ユキは抗ってくれるだろうか。

 抗っても、もしもうまくいかなかったら――

(ユキを捨てちゃうね、オレは)

 モモはきっと、まるで悪夢から醒めたようなスッキリした顔をしてユキを捨てるだろう。

だって、ユキを苦しめる自分の存在ほど死ぬより辛いものはない。ユキが追いかけてこないようにめちゃくちゃに傷付けて、まるで愛情が消え失せたかのように振る舞いながら遠ざけるに違いない。

 それでも、もしも追いかけてきてくれたら……その時は、ユキが絶対に思いつけないような地獄の果てを探し訪ねて、死ぬまで逃げ続けよう。幸せをはるか背後に感じながら、地獄の劫火に自ら焼かれ続けるのだ。

「おやすみ、ユキ」

 たおやかに流れる髪にキスをすると、モモは胸いっぱいに自分だけの地獄を妄想する。

 左腕が重たかった。

 ついでに胸の奥もずっしりと重い。

 これが愛の重みってやつか。

 なんて幸せで、なんて苦しい妄想なのだろう。

 ベッドの上には静かな吐息が満ちている。その穏やかな隙間に滑り込むようにして、時折窓の外から車のエンジン音が微かに重なっている。一台、二台、三台……、夜も更けたというのに都会の人間たちは元気だ。揃いも揃って夜行性の生き物なのか。

 普段の自分の行動を棚に上げながらそんなことを霞んだ頭の中でぼんやりと考えていると、やがてもそりと胸の上に乗せられていた左腕が動いた気がした。さすがに熱くなってきてユキが寝返りでも打ったのだろう。

「モモ……」

「んぅ……」

「そのときは……」

 眠気に掠れた声が静かに流れ込んでくる。

 そのあまやかさに引き摺られながら、モモの意識はすぐにシーツの海の深くまで沈んでいった。



「おまえをころして、ぼくもしぬんだよ……」




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