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淡い少年のとき


◆前作で取りこぼした妄想設定のナーヴ側補完。

◆私はエーテルネーア、ミゼリコルド、ロイエのことを

『幼帝の治世で、我が子を守る皇后とその兄であり三省六部を手中に治め絶対的権力を握る尚書令による摂関政治、に巻き込まれた禁軍将軍』

だと思っている節があります。

◆原作軸三年前。設定厨による妄想と捏造の過多がヤバい。

◆可愛いエーテルネーアはどこにもいません。

◆気が遠くなるほど濡れ場が長い。猊下はアナニストのドライ/トコロテン常習犯です。

◆元気なモブキャラが相当跋扈します。



かなり長いので続きはpixivに投下してあります。


紙媒体




1 春




 ふいに遠くで物音がして、エーテルネーアは瞬いた。

 扉が開いて衣擦れが立ち、革張りのソファに何かがとさりと置かれるごくごく微かな物音が、真夜中の空気を震わせたのである。

 静かにベッドに横たわっているとカーテンの向こう側に橙色の暖かい色が灯り、蒼白かった寝室の色彩が急に華やかになるのが薄っすらと開いた視界に眩しい。その華やかな色は寝室へと続く絽のカーテンを開けられた途端に、まるで朝焼けのような美しさを伴いながら部屋の中に溢れ、壁という壁、硝子窓という硝子窓に反射しながら世界の始まりをエーテルネーアに告げているようであった。

「寝ちゃったかな……?」

 独りごとのような囁きにエーテルネーアはゆったりと身動いだ。

右腕を白い寝具の上に引っ張り出し、眩しさを遮るようにして目の前に翳すと、指先にひんやりとした金属が触れてくる。

「起こしました……?」

「――、ロイエ」

 エーテルネーアが名前を呼べば、華やかな橙の光を背負いながら男が覆いかぶさってくる。ぎしり、とスプリングが軋んで、唇に柔らかな感触が押し当てられた。為されるがままに何度も啄まれていると、真夜中の侵入者、ロイエは笑いながら身を起こす。

「遅くなってしまってすみません」

 瞼を上げると、真夜中の蒼白い光を美貌いっぱいに受けながら、ロイエは微笑んでいた。居室から射し込んでくるキャンドルランタンの橙が彼の背後で交じり合い、するりと長く伸びた銀髪の輪郭が虹色に輝いている。まるで神聖な絵画から美丈夫が抜け出してきたのかと思うほどにその様は神々しく、美しかった。

「どうしても今日中……いえ、昨日中に上げないといけない仕事があって」

「………」

「怒ってます?」

 エーテルネーアが何も言わないので不安に思ったのだろうか、ロイエはまるでこちらの機嫌を伺うようにしてもう一度、唇を合わせてくる。

 深く、浅く、ねっとりと舌尖が絡み合った。呼吸を奪い合うように角度を変え何度も貪り、擽るようにして口蓋を撫でられて、背筋を這い上がってくる熱に思考が溺れそうになる。

 視界いっぱいに長い髪が降り注ぎ、彼の首筋に両手を回しながら体重を掛けようとした時、ロイエは慌てて義手の左手でエーテルネーアの腕を制した。さっと身体を離されて、二人の隙間に真夜中の澄んだ空気が忍び込んで来る。

「ちょっと待って、昼間かなり汗かいちゃったからシャワーだけ浴びさせてください」

「そのままでいい」

「さすがに気になりますよ」

「いいから……」

「我儘言わないで~」

 宥めるように頬を撫でられ、そのまま熱が遠のいてゆく。エーテルネーアが漸く身体を起こした時には既に、ロイエの足音はバスルームのドアの向こうに消えてしまっていた。

(来てくれると、思わなかった……)

 胸が引き絞られるように痛んで、聖印の刻まれた左手で寝間着の胸を握り潰す。心臓が早鐘のような速さで跳ね回っていて、胸を突き破った鼓動がそこらに撒き散らされそうだった。

 そろそろとベッドから両足を下すと、部屋履きにつま先を引っ掛ける。上着も羽織らずに寝間着のまま居間に彷徨い出て、引き寄せられるように浴室へと続く扉を押し開くと、ガラスに囲まれたシャワーブースの中には男の後姿があった。

 長い銀髪を適当に括った背中には数本、ごく細い束になって後れ毛が伸びている。盛り上がった肩のラインに沿って緩やかなカーブを描きながら毛先の垂れ落ちてゆく肌は象牙のように白く、背中の中心に真直ぐに入った窪みが肉感的だ。白く悠々とした後姿の肩から生えた金属の左腕が鈍く光り、エーテルネーアの視線の先で不格好に首筋を撫でている。

 エーテルネーアは思わず、様子を窺うようにして押し開けていた扉の隙間に、音を立てないように身体を捻じ込ませた。

 ロイエの右手がシャワーのコックを捻る。すぐにステンレスのシャワーヘッドから降り注ぐ水飛沫が白い肌の上を伝い、細く引き締まった腰を伝いながら、力強く盛り上がった小さな尻を辿って床のタイルに流れてゆく。

 水滴の滑り落ちる一連を目で追っていて、そういえばロイエは昔、これでも身体が細い方だと言っていたのを思い出す。確かにユニティオーダーには高々と聳える城壁のような厚みをした隊員も多いが、ロイエも充分に鍛え上げられている方だと思うのだが、どうやらそうではないようだ。

 いや、ロイエの言葉が真実かどうかはわからない。彼の性格を鑑みれば謙遜してそう言っただけかもしれない。なにせエーテルネーアはロイエ以外の男の裸をそれほど見たことがない。自分とは比べ物にならないくらいに皆腕力があって筋骨逞しいのだということはわかるが、わざわざ見たいとは思わないから、どうしたって比べようがないのである。

 ただ、ロイエの裸の後姿はとても美しいと思う。衝動に突き動かされてエーテルネーアの呼吸が僅かに乱れた。

 シャワーで肌を濡らしながら、ロイエは壁から張り出した作り付けのラックに手を伸ばした。すぐ傍にシルクのボディータオルが掛かっているのに、遠慮したのだろう、ポンプを二、三度押すとボディーソープの乗った掌をそのまま肌に擦り付けている。

 エーテルネーアは部屋履きを冷たいタイルの上に脱ぎ、寝間着のシャツも脱ぎ捨てると、シャワーブースのガラスの扉をそっとスライドさせて中に押し入った。

「ちょ……、えぇ?」

 ロイエが微かな物音に振り返ったが、それに構わずに裸の背中に貼りついてみた。途端に髪の先に飛沫が飛び散り肩の上が濡れ、肌の上にじんわりとお湯が広がってゆくのが心地よい。

「あの……えっと……?」

「洗わせて」

 ロイエは慌てたようにシャワーのコックを捻る。振り返ろうとするロイエに体重をかけながらラックに手を伸ばすと、エーテルネーアは自分の掌にソープを取った。

「向こうを向いていてくれないかな」

 そうして有無を言わせずに背中を差し出させると、掌で適当に薄めたソープをロイエの背中に塗り込め始めた。暖まったブースの中には湯気が立ち込め、ガラスもミラーも曇ってしまっている。熱に蒸れた空間は濫りがましくて、互いの静かな呼吸だけが小さな箱の中に響いては霧散してゆく。

 背中の窪みの両脇、土を盛ったようにして伸びている筋肉に両掌を上下させてみる。下から上にと掌を動かし、項に落ちた髪を巻き込みながら首元に指先を滑らせると、ロイエの二の腕がさっと粟立った。そのまま喉仏を指先で擽り、肩まで滑らせた掌を腋の下に潜らせる。指先に微かな毛の感触が触れてきて、エーテルネーアの唇の上に思わず笑みが浮かんだ。

「遊ばないでください……」

「ロイエの汗はいい匂いがする」

「そんなわけないでしょ、もうおじさんですよ」

 降って来た声が余りにも真面目な響きを伴っているので、エーテルネーアは思わず声を上げて笑ってしまった。真夜中のシャワーブースには高い笑い声が反響し、大聖堂の最上階は一気に騒がしくなった。

「傷があるね」

「ありますねぇ……そのあたりは若い頃のだな」

 笑いながら掌を滑らせるのを再開すると、半透明のソープの向こう側に歪に割れた皮膚の跡が見え隠れする。指先でその跡をゆっくりとなぞると、ロイエの肌がまた淡く波立った。

「もう痛くない?」

「痛くはないです。……でもちょっと恥ずかしいかな」

「どうして?」

「刃の傷です。未熟者の証拠でしかない」

 悔しげな声が振ってくるが、エーテルネーアはそんなものかとしか思わない。滑らかな肌に裂傷の跡が走っているのがただ、勿体ないと思うだけだ。

「それより……煽るの、やめてもらえませんか?」

「いやかい?」

「いや……ではないんですが………、生殺しです」

「ふふっ」

 それに唇の上でだけ笑い、両掌を脇腹を伝わせて前に滑らせる。一瞬手の甲に硬いものが当たったが、それを無視して腹の割れ目を撫でる。もう片方でソープを泡立てるようにして下生えをかき混ぜた。

「エーテルネーア様……」

 呻きにも似た声音が漏れ落ち、ロイエが浴室のタイルに右手を突いた。それに笑いながら、下生えを弄んでいた手をゆっくりと前に滑らせる。触れたそこは既に猛り切っていて、握り込んでみるとしっかりとした芯を持ちながら聖印の刻まれた左手を押し返してくるのだった。

「すごく、熱いね」

 右手もそこに滑らせてソープのぬめりを塗り込むように扱きたてると、掌に包まれた刃身は炎にくべられたように熱く、鍛えられた鋼にも似た剛直さを訴えてくる。形を確かめるように何度も指先で探り、親指で尖端を捏ね回したところで、ロイエの両手が手首を抑え込んでくる。

「っ……、待って!」

「どうして?」

 それに構わずに力を込めて上下させると、掌が刀身をずるりと擦り下げた途端にロイエの背中に緊張が走るのがわかった。

「悪戯しないでください」

 そのまま振り向こうとするので、エーテルネーアは全身で抱き付くようにして背中に頬を擦り付ける。まだこうしていたい。ロイエの身体を確かめていたい。久しぶりに触れ合う肌の感触と、この刃がもう暫く後には自分を貫くのかと思うと、どうにも我慢ができなかった。

「悪戯じゃない。気持ちよくなってもらいたいただけ……でも、痛かったなら、謝るよ」

「困るんですよ」

 余りにも硬い声音に、エーテルネーアは一瞬息を呑んだ。

 昂奮してくれたのが嬉しくてもっと熱を育てたいと思ったのだが、ロイエは疲れている。肌を合わせたいと身勝手な欲に流されていたのはエーテルネーアだけで、ロイエは望んでいないかもしれないのだ。望んでいたら、もっと頻繁にここに来てくれているはずなのだから。

 そう思い直してみれば急に羞恥と、それ以上の侘しさが胸の奥に湧き上がってきて、エーテルネーアはそっと掌の力を弱めた。

「そう、だね……やめよう。こんなことは、よくないね」

 今すぐに逃げ出したくなった。部屋の外には出られないから、せめて寝室に逃げ込みたい。

 そう思いながら引き下がった腕を、しかしロイエは力強く引き寄せた。そしていとも簡単にエーテルネーアの背後に回り込むと後ろから抱きしめてくる。

「ロイエ、いいよ、無理をしなくていい」

「そうじゃなくて……」

 首筋に唇を這わされて思わず肌が粟立つ。自分でも気付いてはいたが、ロイエの目下に曝け出されたエーテルネーアの中心も既に熱を持っていて、骨ばった右手がそこに向かって滑り降りてゆくのを見ると首筋に血が上るのが自分でもわかった。

「気持ちよくなってもらいたかったのは僕の方なのに、突然攻められたら、困るんです」

「ぁ、……っ」

「横から陣形を突かれたみたいで腹が立つ。周到に練った戦略を水の泡にされたら指揮官の面目が丸潰れです」

 笑い含みでそんなことを言いながら、大きな右手が中心を握り込んでくる。ロイエの声音は飽く迄も真面目なのに、尻の割れ目には硬くそそり立った刀身が押し付けられている。それがどこか可笑しくて、エーテルネーアは椅子に腰かけるようにして背後に体重を掛けながらロイエの腕にしがみつく。

「……ぼくと、……戦う?」

「いいえ、戦いません。勝てない相手に戦を挑むのは無能な指揮官のすることです。そういう相手は違う手段で攻略しますよ」

「っ、ぁ、どう、やって?」

 肩口に横顔を寄せれば、ロイエは横顔で華やかに笑った。

「今実例を見せますね」

「ァ、ァぅ、あっ!」

 途端に、電流が全身を迸った。

 ぬるり、と中心を擦りあげられて、エーテルネーアは思わず仰け反った。反動で腰を突き出してしまい、捉えられた花茎が更に強く扱かれてしまう。

「うっ……、ァ、あ……」

 義手の左手が腹を辿り上がってくる。ソープの滑りが生ぬるい金属を生身と錯覚させるのか、指先で撫でられただけで恐ろしいほどに身体が跳ねた。

「気持ちいい?」

「ん、うぅ……っ」

 両手でロイエの腕にしがみつきながら、エーテルネーアは何度も頷いた。

「ここも触っていいですか?」

「ひぅ……!」

 許可を与える前から胸の先端を弾かれる。鋭く高い声が喉から転がり出てしまい、きつく唇を嚙んだ。

「ん……、ン、ぅ……」

「声、我慢しないでください。僕たち以外誰も居ません」

「ふ……、ぅ、ンっ……!」

 生ぬるい金属の先端で引っ搔くように撫でられて、エーテルネーアは首を振った。もういい大人なのにたったこれだけのことで声を荒げて、いつまでも乳臭いと思われたくないのだ。

「おっぱい、弱いですよね……最初の時も可愛かったなぁ」

「んっ、あっ、ん!」

 甘い声で言いながら、茎を握りしめた右手が上下に動かされる。同時に胸飾りを転がされてしまうともう我慢が出来なくて、突き抜けるような嬌声を上げてしまった。

「ロイ、エっ……んんんっ!」

 花茎を扱かれながら、尖端を指先で捏ね回される。卑猥な水音をそこらじゅうに撒き散らされ、先走りで石鹸の滑りがだんだんと泡立ってゆく。

 空気を求めるようにして上向けば、湿気で曇った鑑越しにぼんやりとした二人の輪郭が浮かび上がっているのが目に映った。抱きすくめられたまま肌が重なり、その中で鈍い金属色が蠢いている。エーテルネーアは堪えるようにしてきつく瞼を閉じた。

「ううっ……、うっ、うン……あうっ」

 身体中が熱かった。胸飾りと茎と、それだけですぐに爆ぜてしまいそうなのに、柔らかな唇が首筋や耳朶を刺激するのだ。

 ねっとりと耳裏を舐め上げられ、ピアスの鎖ごと耳朶を食まれ、弄ぶようにして鎖の付け根を転がされる。その度に身体が跳ね、腰を突き出してしまう。すると長い指が作り出すループを自身の中心が穿つことになり、熱が倍増する。そのうちに、膝が震え出して立っていられなくなってきた。

 エーテルネーアは逃れるようにして、曇った鏡に両手を突き尻を後ろに突き出すと、そのあわいをロイエの刃に押し当てる。緩く腰を動かすと背後で男が低く呻いた。ロイエの両手がすぐに腰を抑えてくれるので、鏡にへばりつくようにして尻を目いっぱいに突き出してみる。

「ぁ、……う、……」

 撓った背中はそのままに、尻を上下に動かすと、割れ目を往復する熱が強く会陰を抉った。泡立った石鹸が潤滑剤として素晴らしい働きを担っていて、初めて感じる心地よさに両足が震えてしまいそうだった。

「すごい、眺めだな……」

 満足そうに呟かれて、エーテルネーアはほくそ笑んだ。

 ロイエは宿屋で育った男だ。美しい女性を見てきているだろうし、実際に抱いてきただろう。それらに比べてさして目を引くような容貌でもなく、おまけに経験も少ないエーテルネーアは努力をしなければ誰にも勝てない。昔はそんなことにも気付きもせずにただ熱に浮かされて声を上げていただけだったが、頬からも身体からも丸みが消えた今や、せめて性技くらいは巧くなければ、そういう対象としてすら見向きもされないのは解りきっている。

「っう……、ぁ……」

「気持ちいいんですか?」

「んっ、ん……」

 横にも縦にもわからない方向に首を振りながら、エーテルネーアは己の右手で尻のあわいを押し広げる。タイルの床に背伸びをして、熱くそそり立った刃の尖端を尻の中心に押し付けた。

「っと、待って待って!」

「……?」

 ロイエが慌てて腰を逸らし、急に腹を抱かれて反転させられた。

 ロイエの白い頬には朱が射しており、興奮で首元にまで血がのぼっている。壁に背中を押し付けられ、肩を抑えながら呼吸を落ち着けるように深呼吸をしているので、エーテルネーアは目の前に曝け出されている凶暴な熱に指を掛けようとする。

「だから、待ってください!」

「どうして?」

 エーテルネーアは小首を傾げた。

「貴方って人は、どうしてそう性急なんです?」

「だって……」

 早く欲しいから、とは言えなかった。それほど飢えていたのかと思われたくない。余裕がないのだとも思われたくない。

「時間が、ないから……」

 真実、時間はないのだ。既に日付が変わっているし、ロイエは基地に戻らなければならない。明け方になって側付きがやってくる前に、エーテルネーアは自分でベッドを綺麗に整えなければならない。それほど時間はないだろう。

 だから早く、昔のように、してほしい。

 お互いに解っているはずなのに、ロイエの顔付きは険しかった。

「ロイエ……」

「………」

 ロイエは無言でシャワーヘッドを鷲掴むとコックを捻り、お湯の温度を確認する。そのままエーテルネーアの身体を隅々まで洗い流し、自分の身体にもざっとお湯を掛ける。二の腕を掴まれながらブースの外に連れ出されてバスタオルを被せられると、慣れた手つきで水滴を拭き取られた。

 バスローブの前を締められながら、エーテルネーアは怖々とロイエを呼んだ。

「いいから、ちょっと黙っててください」

「………」

 ロイエは濡れたタオルで適当に身体を拭ってそれを腰に巻き付けると、背中をそっと押してくる。それに押し出されるようにして向かった先は寝具の乱れたままのベッドだった。

 羽根布団を捲り一度シーツを撫でると、そこに静かに座らせられる。きしり、と二人分の体重を受けたスプリングの軋みが蒼白い寝室に微かに響き、ロイエの左手がそっと、生ぬるい温度で右手に重なった。

「昔は……時間が無いことに託けて、不届きな遣り方で無体を強いました。反省しています」

「どうして?」

「ずいぶん辛い思いをさせたと思います」

「………」

 掌を転がされ、硬い金属が指先に絡まってくる。

「それに……ずっと寂しい想いをさせた」

「………」

「本当はいつだって傍に居たい」

 重ねられた言葉に、エーテルネーアは思わず、繋がれた掌を見下ろした。

「貴方の傍に居たい」

(……、夢みたいだ………)

 絡まった指先から全身に血が巡り始めた気がして、唇の端がつり上がったのが自分でもわかった。

 それと同時に、急に不安が胸の裡を巡る。ロイエが手を繋いでくれる、唇を合わせてくれる、抱きしめてくれる、そんな幸せなことが起こっていいのだろうか。あまりの幸せに胸がはち切れそうなのに、素直には信じられずにいる。

 エーテルネーアは左手をそっと、ロイエの頬に添えた。

「僕も同じ気持ちだよ」

 エーテルネーアは笑った。

「君に、今もまだ、ずっと愛されていたいなんて思ってはいない」

 見つめる先でロイエの秘色の両眼が揺れていた。薄い色彩の中に窓辺からの蒼白い光が射し込み、まるで高価なダイヤモンドのようにきらめきが乱反射している。

「ただ……、傍に居てほしい」

 両腕をいっぱいに開いて男の首筋を抱き寄せた。水分を含んで冷たくなった髪が頬に触れ、そこに鼻先を押し込めると、清々しい石鹸の香りが肺の中に広がってくる。

「傍に居てほしいだけなんだ……」

 そっと、壊れ物に触れるようにして、ロイエの腕が背中を抱き寄せる。そのままきつく抱きしめられて、胸が潰れそうなほどに圧迫されることが、今にも死にそうなほどに、幸せだった。

「真面目に告白してもいいですか?」

 そのまま体重を掛けられて、背中がゆっくりとシーツに沈む。

「これを言ったら不敬罪でクビになっちゃうから、なかなか口に出して言えないんだけど……」

「いいよ。解職処分にはさせないから」

 ロイエが無造作に髪を解けば、頬に細やかな銀糸が降る。その一筋も今は逃したくなくて、右手で梳かしながら唇をつけた。

「貴方が欲しい」

「………」

「エーテルネーア様、貴方が欲しい」

 エーテルネーアは思わず破顔した。

 こんなふうに思ってくれたら、どんなに幸せだろう。ロイエに欲しいと言われたら、エーテルネーアはきっと、聖座だってアークだって、なんだって差し出してしまう。

 だから駄目なのだ。ロイエを愛せない。彼が護ってくれる美しい世界を、自ら壊せない。

 笑顔のままで男の頬を引き寄せると、目の前に迫る唇にそっと、己のそれを重ねた。

「ロイエ隊長、伽を命じます」

「え……?」

「僕を慰めて……」

 二人の間にできた僅かな隙間にそれだけを言い捨てて、貪るようにしてそれを味わった。柔らかな感触はすぐに勢いを増し、歯列を割り込みながら舌尖が這入りこんでくる。その厚みをむしゃぶるようにして唇で扱き、迎え入れ、溢れた蜜を呑み下す。

 呼吸を見計らうようにしてロイエが顔を上げた。

「ああ、負けちゃったなぁ……」

 横髪を耳に掛けながら苦笑する。

「貴方の方が一枚上手です。攻略できる気がしない」

「だって、ユニティオーダーは僕のものだから」

 エーテルネーアは笑った。

 笑って、胸の中に落ちた痛みに目を瞑る。今はただ、快楽だけで滅茶苦茶にしてほしかった。

「では……、謹んで勤めさせて頂きます」

 楽しげな声音と共に唇が降る。

 何度も角度を変えて奪うような口づけを施しながら、ロイエの右手が脇腹を下ってゆく。ローブの上から撫でられただけで電流が走ったように四肢が跳ねる。そっと合わせを寛げられて左手が忍び込んで来た。

「ぁ、……!」

 首筋に唇を押し当てながら、生ぬるい金属の先が胸の飾りを撫でた。それだけで上ずった声が転がり出そうになり、エーテルネーアは慌ててローブの袖を嚙み込んだ。柔らかな感触は鎖骨を下り、胸の中心に触れながら、生ぬるい舌先が臍の周りで円を描く。その間にも脇や胸を細やかに撫でて、肌の上にもどかしい悦びを植え付けられる。その儀式のような接吻はエーテルネーアの中心で揺れる花茎を横切りそのまま膝まで下りて、やがてゆっくりと足首が持ち上げられた。

 エーテルネーアはローブの袖を嚙んで全身の痺れに耐えながら、持ち上げられた右足を見遣った。視線の先でロイエは、まるで高価な宝石に唇を寄せるのを見せつけるようにして、両手で大切そうに掲げ持った足の、その踝に口付けた。

「ロイエ……、汚いよ」

 そのまま爪先に唇を這わせようとするので慌てて右足を引いた。しかし強い力で足首を捕らえられ、ロイエの目がふと笑う。

「――ひぅ……っ!」

 抵抗する間もなく、指先が熱に呑まれた。転がり落ちそうになる声を両手で抑えて、エーテルネーアはのけ反った。親指をしゃぶられ、指の間を捏ね回すようにして舐め回される。そのたびに生暖かな波が足の先から肌の上を駆け抜け、腰の中心に向かって熱が集まってくる。

「ぁ、ふっ、……ぁ」

「気持ちいい?」

「うぅっ、ふ、……ン!」

 身悶える姿に満足しているのか、ロイエの声音は明るく楽しげだ。唇は内腿をゆったりと辿り、生ぬるい金属が左足の上を這いまわる。脹脛、膝裏、腿の後ろ、そして付け根の至る所に口付けながら、刺激に揺れる中心に触れようとしないのが憎らしい。

 エーテルネーアは己の口を塞いでいた手をそっと避けて、指先を下へと走らせた。

「ふ、ぁっ、あ……!」

 触れた花茎は先走りで滑っていて、ほんの少し触れただけで強烈な電流が全身を走り抜けた。

「自分で弄るんですか?」

「だって、意地悪をする、から……」

「丁寧に触ってるだけですよ。これが普通です。意地悪じゃない」

 そんなことを言われても、もどかしいのには耐えられない。それに、こんなふうに触られたことも記憶にある限り一度もない。羞恥と期待に快楽がどこまでも膨らんでいるのに、敢えて触れてくれないのはただの意地悪でしかないのである。

 そういう気持ちを含めて眉根を寄せると、ロイエは困ったように笑った。

「ごめんごめん、可愛らしくてつい……」

「可愛くない」

「いいえ、貴方は可愛いです。昔から何も変わらない……」

 そう言うと、ロイエは漸く抱え上げていた足を離して膝の間に割り込んでくる。中心を握りしめていた手を除けられて、ロイエの目の前に欲が曝け出された。

「ここを、誰かに触らせましたか?」

 エーテルネーアは首を振った。

「本当に? 僕が地上へ行っていた時は?」

「ないよ。ロイエだけ……。ロイエは?」

「貴方だけです」

 ずるいな、と思った。そんなわけあるはずがないとわかっているのに、それなのに、優しいなとも嬉しいなとも思ってしまうから、これだからどうしようもないというのだ。

 ロイエが笑いながら唇を合わせてくる。ちゅっ、と軽い音を立てて離れたそれが形の良い三日月を描いた。

「可愛いところ、舐めさせてもらえますか?」

「ん……くすぐったい……」

 胸の上を長い髪が滑る感覚がこそばゆい。身を捩ろうとするとローブに通したままの腕をやんわりと拘束され、そのまま両掌が繋がれる。湿った感触が鎖骨を下り、遂に胸飾りに生ぬるいものが辿り着いてしまった。

「んっ……アッ、あ、ひぅ!」

 舌先で転がされた瞬間に身体中を鋭い電流が走り抜けた。圧し掛かってくる男の胸の下で花茎がひくり、ひくりと何度も痙攣し、ロイエは楽しそうに笑う。

「ここ舐めると楽器みたいになりますよね」

「アっ、は……や、…ンっ!」

 恐る恐る見下ろすと、ロイエの秘色の両眼と目が合った。目元だけで微笑みながら、舌を目いっぱい尖らせて見せつけるように芯の周りを舐め回してくる。

「ああぅ! ひっ、ぅ、あッ……!」

「見てください……、ここ、ちょっとふっくらしてるんです」

「ア! あっ! あ、うッ……!」

「だから感じちゃうのは仕方ない、諦めて下さい」

 びくりと上半身が戦慄いて、快感を逃がすため顎先が跳ねた。赤子がするようにむしゃぶりつかれ、舌尖でくりくりと捏ね回される。身を捩ろうにも、両手を抑えられて腹の上に乗り上げられるとどこにも逃げ場がなかった。

「あっ、はぅ……もう、離し、…ア、うううっ!」

 知らず目尻に涙が浮かんだ。

「ふっ、ぁ、……ふうっ、ぅ!」

「こっちもしますね」

「ああっ、ぅ……あっ、いや、ぁ……!」

 間髪を入れずに反対側にもむしゃぶりつかれ、腰が跳ねた。跳ねた尖端がロイエの胸下を擦り、滑りとともに強烈な快楽が脳天まで走り抜けてゆく。

「ァ、あああっ、ぅ……ひんっ、ア!」

 鋭い嬌声に薄っすらと瞼を開けば、涙の膜の向こう側で、窓辺の景色がぐにゃりと歪んでしまっている。目尻からころりと雫が零れ落ちて、シーツに吸い込まれてゆく。

「んんっ、ロイエ、だめ……やあっ、うううっ!」

 淡い抵抗に、ロイエが漸く顔を上げてくれた。

 両肩で喘ぎながら見下ろすと、身を起こしたロイエの胸の中心が窓辺からの光にぬらぬらと輝いていた。その輝きは透明な糸を引きながらゆっくりとエーテルネーアの花茎に落ち、下生えに向かって消えてゆく。それを目にした途端に血管が破裂したのかと思うほどに頬が熱くなったのがわかった。

「さっきみたいに、こっちにお尻向けて貰えますか?」

 そう言われても、腰がだるくて足に力が入らない。腕の力だけで何とか身体を反転させると、ロイエが腰を引き上げるようにして尻だけを高く突き出される。シーツに這わされ、唯一肌を隠してくれていたローブを腕から抜き取られてしまった。いよいよ肌の総てをロイエの眼前に晒されて、息が詰まりそうになるほどに居心地が悪かった。

「どこもかしこも綺麗だなぁ……お尻も丸くて、柔らかい……」

「ぅ……っ、……」

 ロイエがのんびりとそんなことを言う。それに呼応するように、ぴくりと媚肉が揺れた。肩で体重を支えると、エーテルネーアは左手でその肉を広げて奥の聖門を見せつける。

早く挿れてほしい。早くぐちゃぐちゃに突き回して全て忘れさせてほしい。エーテルネーアの身体以外は目に入らないのだと、安心させてほしかった。

「ロイエ……」

「そっちの手で広げて見せないでください……背徳が過ぎて狂いそうになる」

 呻き声にも似た声音が耳に流れ込み、ぎしり、とスプリングが軋む。ロイエの両手がエーテルネーアの肉を割り開き、そっと熱が近付いてくる感覚がした。

(あ……這入ってくる……)

 期待に胸が締め上げられるように痛んだ。

「っぁ……ロイエぇぇっ! もう、いいっ、…らぁ……!」

 それなのに、やってきたのは身を貫くような熱の刃ではなく、蕩けるような甘い愛撫であった。

 ぴちゃり、とロイエの舌が鳴る。

「辛い思いはさせられません」

「だい、じょぶ、だからっ……んぁ、あっ、あン!」

 ぴちゃり、と湿った音が響いてロイエの熱っぽい舌が硬く閉じている蕾の周りを舐め取っていた。舌尖でぐるりと輪を描き、柔らかな舌体で唾液を押し込めるように小さな入り口を圧迫する。そのたびに無意識に下半身が収縮し、剝き出しの背中に緊張が走ってしまう。

「ンッ! あう! ぁ……そんな、ぁ……」

 エーテルネーアは身を捩り、シーツの上をずるりと伸びながら這い上がると、その腰を引き戻されて腹の下に飾り枕を二、三個押し込まれた。

「やっ、あぅ、うンっ……ァ、やぁっ!」

 逃げ道を塞がれたエーテルネーアは尻だけを高く突き出したままで身悶えるしかなくなった。その無様な姿に満足げに息を吐くと、ロイエは左手で枕が崩れないようにとがっしりと抑えながら、右手で腿の裏を微かに撫で、同時に窄めた舌尖で小さな蕾の芯を攻めてくる。

「ろい、えぇ……あっ、う……ァんんんっ!」

 ひくりひくりと恥門が収縮し、エーテルネーアは腹の下の飾り枕を抱きしめるようにして身体を丸めた。枕に擦れるたびに花茎の尖端が苦しいのである。ぴちゃり、ぴちゃり、と濡れた音が鼓膜を犯して、まるで自分が甘い果物か何かになってしまったのかと錯覚し、その妄想にすら勝手に身体が跳ねてしまうのである。

 そのうちに指先が蕾を押し広げ始め、少しの圧力と共に長い指が侵入し始めた。それを助けるように腹に力を込めて蕾門を開くと、ずるりと音がしそうなほど奥まで爪の先が分け入って来て、侵入者はすぐさま胎のしこりを見つけ出してしまった。

「ひうっ、あうっ、あっ、あ……う!」

「熱いなぁ……これでどうして僕のが入ると思ったんですか?」

「ううっ、ア! だ、って……慣れ、て、るから……アッ!」

 義手の左手が枕に押しつぶされていた胸をきゅっと摘まんだ。

「僕以外には触らせていないんでしょう? だったら久しぶりです……いっぱい慣らさないと」

「あああああっ!」

 楽しげな声音と共に引き抜かれてゆく感触に、エーテルネーアは鋭い声を上げていた。全身の肌という肌が波立っているのが自分でもわかった。しこりを弄られるのと出し入れをされるのは全く別の快楽だ。それを熟知しているのか、指先は器用に隘路に攻め入りながら奥を擦り、粘膜の総てを捲り上げるようにして退いてゆく。次に押し入られたときには、その指先は細かな振動で以て胎のしこりを揺さぶって、シーツに突いていた膝が震えずるりと滑った。

「ロイエぇ、ぁああうっ、んんンっ……!」

「こらこら、逃げないで」

 夜に響き渡るような嬌声を上げながら、エーテルネーアは身悶えた。両手でシーツを掻き毟り、膝がその白い布地を滑る。その拍子に茎が枕の布地を擦り、無様に腰が飛び跳ねてしまう。熱い。苦しい。気持ちいい。押し込めた長い指で胎の底に集まっている欲を無遠慮に暴かれて、思わず奥歯を嚙み込んだ。

「んん……、ぅ……、ううう、っぁ!」

 一度引き抜かれて、今度は二本に増やされて押し込められる。ちりり、とした痛みで身体に緊張が走ったのを察してか、入り口を何度も揉み解されて、遂にエーテルネーアの両眼からぼろぼろと涙が零れた。呼吸が覚束なくて唇を閉じていられない。

「あっ、だめ……、動かしちゃ、ぁ、ひああっ、あっ!」

「動かしてません。 エーテルネーア様のお尻が勝手に締まっちゃうんです」

「しめて、な……っあ、ァ、ぁ!」

 なんとか反論しようとするのだが、締めた感覚が頭の片隅にあった。反射よりももっと素早い速度で脳が快楽を拾おうとするのを、止められないのである。

「うっ、ぁ、あっ、ハッ、ああうっ!」

 胎の底まで分け入って来たロイエの指がしこりを掠めて、身体が勝手に指を締め上げる。そうするとまた、気持ちのいいところに触れるので、また勝手に身体が飛び跳ねる。その刺激と受悦はいくども続き、永遠に終わりが無いように感じられた。

「出していいですよ?」

「んっ、う、んっ、アうっ、ヒッあ、ァ!」

 息とも音ともつかない声を吐き出すエーテルネーアの内腿が緊張し、それに応えるようにしてロイエの指先がしこりを擦りあげる。己の唇から吐き出される音の洪水に浸りながら、エーテルネーアはシーツを握りしめていた右手をそろそろと動かすと、腹の下に押し込まれた枕を掘り進めるようにして中心をきつく握りしめた。手の甲には先走りに濡れた布地の感触がする。これ以上与えられたら、今すぐに爆ぜてしまいそうだった。

(イきたくない……終わりたく、ない……)

 遂情を拒むように己の分身を握りしめるのに気付いたのか、ロイエが笑った気配がした。

「我慢するんですか?」

「んんっ、う……も、いい…からぁ!」

 媚びた声が転がり落ちた。耳を塞ぎたくなるような声音だった。きつく瞼を閉じて意識を逸らしたいのに、生温かな息遣いが突き出したままの尻にかかり、エーテルネーアは思わずぎょっとした。

「ひぃぅ、ンあぁ、ァ、ああああぅ――!」

 案の定、粘膜を穿つようにして、熱を持ったぬめりが押し込められた。理解した瞬間に身体が反応し、拒むようにして隘路を締め上げる。

「そ、…な、ロイエっ……!」

「あれ……、気持ち良くないですか?」

「んんン、ぁううう……やめ、ぁ!」

 ぴちゃり、と湿った音がして、また奥まで舌尖が這入り込んでくる。舐められている。中を。ロイエの舌が、入っている……。そう全身で感じると、呼吸が上がりまともな返事ができない。

「ろい、えぇ……やあぁう、ううううっ!」

 指とは全く違う生ぬるい快楽に身を捩って藻掻くたび、シーツの上で膝が滑る。だんだんと脚が開き、奥深くまで侵入を許してしまいそうになり、浅い呼吸と共に全身から汗が湧き出した。ひっきりなしに背筋に電流が走り肌が粟立つのに、それが遂情の刺激にまで至らないのが恨めしい。

 イきたくない。それなのに、イきたい。まるで快楽の地獄だ。

 一度引き抜かれた舌先が、会陰から縫い目を辿りながら柔らかな球体を吸い上げる頃には、エーテルネーアは遂に自分の形を保っていられなくなってしまった。

「ふぅっ、ううっ、うっ……」

 飾り枕に干されたように上体を投げ出して、エーテルネーアは涙を流し始める。悲しくもないし、泣きたくもないのに、身体の奥に溜め込まれてゆく熱が逃げ場を求めては、涙腺から溢れ出してくるのである。

「ろ、いえぇ……ふっ、ぁ……」

 エーテルネーアのか細い嗚咽に、ロイエは柔らかな美肉に埋めていた顔を上げた。慌てて体をひっくり返されて、エーテルネーアは泣きながら重ねられた枕の上に仰け反る。同時に仰け反った花茎の先は透明な糸を引きながら薄い腹に水溜りを作っていた。

「あぁあ、泣いちゃった?」

「っく、ぅ……っ」

 エーテルネーアは気怠い両腕で必死に顔を隠した。

「すみません、泣かせるつもりはありませんでした……」

「ぼくのっ、負けでいい、からっ……いじわ、る……しな、いで!矜持を傷付けたのなら、謝ります。貴方に、尽くし、ます……でもっ、こんなのは……、こんなっ……」

 呼吸の合間に切れ切れに訴えると、ロイエは声も無く、エーテルネーアの腰の下から飾り枕を抜き取った。背中を支えられながらゆっくりとシーツに下ろされて、ロイエの体温が真横に重なってくる。

「泣かないで……」

 甘い声音で耳元に囁きながら胸元に抱き寄せられた。視界が塞がれて、ロイエの甘い汗の香りが鼻先に香ってくる。 

「ずっと後悔してたんだ。最初だって、その次だって、ずっと……あんなふうにするべきじゃなかった」

「………」

「最後の日も、あんなふうに傷付けたかったわけじゃない」

「ロイ、エ……」

「優しくしたかったんだ……ほんとだよ。綺麗なベッドでめいっぱい甘やかして、もういいって言うほど蕩けさせて、ちゃんと愛し合いたいっていつも思ってたはずなのにね……」

 脳裏に最後の夜が蘇って、エーテルネーアは涙が伝ってゆくのも構わずにロイエの胸に縋りついた。

「でも、僕はまだ若くて、弱かったから……自分のことばかりで精一杯でした」

「………」

「言い訳です。殴ってくれていいですよ」

 柔らかなシーツと硬い左腕の感触。そこには昔のように在るべき温度が存在せず、エーテルネーアの体温が生ぬるく移っただけである。

 そんな類の感情なら、エーテルネーアの抱える後悔の方がよほど大きくて、ロイエには受け止めきれないほどに黒く澱んでいるだろう。何一つ、打ち明けられなかった。秘密も、気持ちも、何もかも、言えなかった。

「君を、利用したのは、僕だから……」

「そんなふうに思ってないよ」

 笑い含みの声に、首を振った。

 ロイエにはエーテルネーアを恨む道理がある。許されるとは思っていない。どんなに願っても、時は巻き戻せないのだ。

 エーテルネーアは右手で拳をつくると、緩くロイエの胸を叩く。

「それでいいの?」

「ん……」

「貴方は本当に……可愛い人だなぁ」

 ロイエは朗らかな笑い声を上げながら髪に口づけをくれる。

 子供じみていると笑われても仕方ない。二度とロイエの前で泣かないと決めていたのに、呆気なく泣いてしまった。

 恥ずかしさと情けなさが綯交ぜになっていたところに、顎先を取られて上向けられた。涙の残る頬に触れるか触れないかの感触で優しく唇を這わせられて、戯れのようなそれはだんだんと口角に攻め寄り、唇を犯しはじめる。口づけに酔いしれている間にエーテルネーアの身体はシーツの上を半回転して、気付けば後ろから抱きすくめられていた。

「辛かったら教えて?」

 尻のあわいに硬いものが押し付けられる。首筋、耳朶、髪と口付けられて一気に肌がざわめいた。エーテルネーアは今度こそ、己の左手で美肉を割り開いていた。

「ん、ぁ……、ぅ、ン……」

 少しの抵抗と、焼けた刃を刺し込まれるような感覚に、知らず顎先が跳ねる。その首元を大きな掌で抑えながら、背後でロイエが深く呻く。

「はぁ、熱っ……」

「ロイ、エ……」

 呼吸の合間に上体を捩って唇をねだれば、苦しそうに微笑みながら唇を合わせてくれる。長い髪が肩を滑り降り、エーテルネーアの頬に落ちた。

 身体を刺し貫く熱は膨大で、深く分け入ってくれば来るほど腹の奥が苦しい。それでも受け入れられることの安堵の方が数倍強く、喜びで胸が張り裂けそうだった。

 じっくりと時間をかけてエーテルネーアの奥まで分け入り、剛直は一度侵攻を止めた。先程の涙と、胎に居座っている圧迫感ですっかりと萎んでしまった茎をそっと持ち上げられる。

「左手だから、痛かったら言ってください」

 優しげに言いながら、しかし押し付けるようにして奥を捏ね回されて、エーテルネーアは唇の間から息を漏らす。奥を抉られるのは苦手だった。深すぎて、身体がばらばらにされるような感覚にいつも少し怖くなるのだ。

「っあ、……、あぅ、あ、ンっ!」

 呼吸と共にシーツに転がり落ちる声を止められない。耳元を擽る唇の感触と金属の左手が、まるでハープの弦を弾くようにしてエーテルネーアという楽器を奏でている。

「あっ、う、……ふぅ、……あ、……ア、」

 甘い快楽だけを引き出そうとするかのような穏やかな動きだった。指先が蠢き、熱い楔で胎の奥をじっとりと捏ね回され、喉元から浅ましく淫らな音階が溢れ出てしまう。

「ろい、え……」

「ん、……気持ちいいよ」

 首元を抱かれながら、エーテルネーアは尻を突き出すようにしてロイエに押し付けた。そのままゆったりと腰をくねらせると、喉の奥を転がすような笑い声が耳を擽ってくる。

「煽らないで。ゆっくりさせて……」

 囁くような声音と共に、腹の上を生ぬるい金属の感触が走ってゆく。そのさわめきにすら肌が震えて、広い湯船に揺蕩っているような錯覚すら覚えるほどだった。

「ん……ぁ……、あ……」

 奥を擦られるたびに、下半身に甘い痺れが走る。そのうちに、だんだんと熱の境界が曖昧になった気がした。ロイエの熱が身体の奥で溶けだして、エーテルネーアの潤んだ粘膜を侵食するように馴染み始めるのだ。熟れて、蕩けて、一つになる。こんなふうに感じるのは生まれて初めてで、記憶の中のロイエとは違う男と肌を重ねているような気さえしてくる。

「あっ、う、……ふぅ、ふ……ぁ、……ア、」

 少しだけ浅い部分を責められて、身体の奥深くから熱が溢れはじめる。

「ここ、気持ちいい?」

「ん、ぅ……ぁ、んっ……ぅ」

 頭の中が蕩けてもう何も考えられなかった。花茎を扱く硬い感触に急に熱いものが混じって、自分が知らぬ間に緩く吐精しているのがなんとなくわかる。わかってもそれ以上に胎の奥が熱くて、エーテルネーアは溺れるようにして首筋を抱くロイエの右手に縋りついていた。

「とろとろ~って、出ちゃったね」

「言わ、ないで……」

「顔も蕩けてて可愛いよ」

 エーテルネーアは片手でロイエの髪を引くと、有無を言わさずに唇をぶつけた。その勢いに軽く笑いながら、ロイエが舌を吸い上げてくる。

 一度引き抜かれてぞわりと電流が背筋を走っている間に、ころりと転がされて仰向けられた。起き上がろうとするのを制されて、両膝を割り広げられる。

「あああっ、ぅ!」

 断りもなく這入り込んでくる質量に顎を仰け反らせる。

「ごめん、動くね……」

 言うが早いか、力強い命がエーテルネーアを鋭く穿る。

「あっ、アぅ、あっ、あっ、はっ、っあ、あ……ンアッ!」

 全身が一気に緊張して抱えられた腿がびくびくと痙攣する。ロイエの腹に押しつぶされている茎は力を失っているのに、それでも挿送の波に腰の奥が激しく戦慄き、まるでロイエに身体を造り変えられてしまったのかとぼんやりとした頭で思う。

「ぁ、うっ、ンッ、ア、ア、ぁ、やぁ、ロイエッ、アっ、はっ!」

「エーテルネーア様っ」

「アッ、んっ、あっ、ア、ァ、ンンンっ、あっ、あ!」

 押し寄せる熱の連続に、エーテルネーアは溺れるように男の首筋にしがみつく。激しくスプリングが鳴き、二人の間隙で立つ水音が耳に煩い。じっとりと噴出しているロイエの汗が頬を滑り、唇に流れてくる。それがこそばゆかったのか、後ろ頭を鷲掴まれて舌の根を吸われ、八重歯を追い回された。

「ああっ、あっ、ひうっ、っあ、ア」

「エーテルネーア、エーテル、ネーアっ!」

「やっ、う、イヤァ、ヒッ、ッ、ンッ、ロイ、エ、あっ、待って、まっ、アアッ!」

 逃れたいのにもっと欲しくて、エーテルネーアは両脚で男の胴を締め上げた。力強い刃の動きに美肉を打つ音と呼吸しか聞こえなくなり、やがてエーテルネーアの胎の奥が震え始める。

 エーテルネーアはもがきながら男の背中に爪を立てた。それに呼応するようにして、ロイエがきつく、エーテルネーアを抱きしめる。

「ネーアっ、ネーア……!」

「やっ、ダメ、だめええっ、イッ、あ、ア、ァッ、イクっ、イクッ、イッッちゃ――アアアア、!」

 エーテルネーアの手足がびくりと戦慄いて、直後に胎の奥に熱が打ち付けられる。その熱を貪り取るように中が蠢いてしまうのを止められない。

「僕は……、君が好きだったよ」

 懐かしい声音にエーテルネーアの眦から雫が滑り降り、そのまま銀糸の先へと消えていった。




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