誰がために
- rain
- 2021年8月12日
- 読了時間: 13分
更新日:2022年1月27日
◆七割ロイエの人生の話です。
◆自分的ロイエテ妄想のハイライトである
『ロイエに育てられた子とエーテルネーアに育てられた子がエレベーターの中で殺し合い、片方は死に片方は生き残り、生き残った親と生き残った子が地上に降りて革命を起こそうとしている』
という部分を形にしたら、ロイエの人生を34年前まで遡ることになってしまいました。
◆リーベル死亡ルート、救いなんか無い。
◆設定厨による妄想と捏造の過多がヤバい。
◆本編時、ロイエ41歳、ネア35歳、シャオ20歳、アルム16歳、の設定です。
◆モブキャラが跋扈します。
◆天子ちゃんの呪殺スキルはニコニコしている時には発動しません。
かなり長いので続きはpixivに投下してあります。
紙媒体
1 荒野の夜
『リーベルは死んだ』
夜の闇に、男の声が小さく響いている。
『仇敵リベリオンのリーベルは、ナーヴ教会宗主であり天子様の守護者でもあるエーテルネーア様を虐殺した。更には、あろうことか誇り高きアークの象徴である天子様までをもその手にかけたのだ』
その声は穏やかだが、どこか無機質な冷たさを纏いながら砂埃の混じる夜風に流れてゆく。
『しかし、どうか安心してほしい。リーベルはユニティーオーダーにより即刻捉えられ、その場で処刑された。リーベルは死んだのだ。――』
「エーテルネーア様を虐殺し、天子様に手を掛けた、……か」
繰り返し放送され続けている録音音源にはもう何度打ちのめされたかわからない。夜風に攫われて流れてゆく髪を気にも止めず、ロイエは小さく溜息を吐いた。
自称天子によるゲリラ放送が地上で行われたのを切っ掛けに流れ始めたナーヴ教会のこの放送は、ミゼリコルドの肉声によるものである。あの厭味ったらしいねちっこい物言いで声高に、毎朝、毎昼、毎晩、同じ文言が搬送波に載って繰り返されている。アルムのゲリラ放送から三月ばかりが経とうとしていたが、その文言は一言一句変化せず、狂ったテレビから流れる雑音のようにして、ロイエの心を幾らか疲弊させていた。
これは無論、ミゼリコルドの戦略である。
アーク市街でこの文言を放送することに意味など無い。地上の住人たちが何度も耳にすることによって、リベリオンへの疑いは深まり、次第に確信として洗脳される。その目論見は確実に新生リベリオンへの求心力を弱め、急速な地上勢力の結束を防いでいるのであった。
リーベルの亡き後、新生リベリオンの滑り出しは決して好調とは言い難かった。
クウラは頭の回転も速く理屈の通った男だが、リーベルほどの圧倒的なカリスマ性には欠け、そこにユニティオーダーの精鋭達を連れて空から降りてきたロイエの存在は事情を知らない地上の他勢力にしてみれば不安分子でしかなく、それがますます新生リベリオンの求心力を弱めているのである。
予想の範疇、とクウラは不敵に笑ってロイエの心中を笑ってみせた。それどころか、有事の際に即戦力にカウントできる隊員たちを手放しで歓迎してくれたのだが、曲りなりにもユニティオーダーの隊長であったロイエの存在が組織に分裂をもたらすのではないかとか、アークのスパイではないかとか、その手の疑いを抱く地上勢力は少なくないのだった。
全く以て、杞憂でしかない。杞憂でしかないのだが、ナーヴの搬送波放送が人々の心に不穏の影を忍び込ませるのに成功し始めているのは明らかであった。
現に一昨日、物資の補給交渉を進めていた第八地区から、協力拒否の旨の通信が入った。
第八地区は他地区に比べると比較的水源も多く、平で肥沃な(といっても芋がそれなりに育つ程度のものであるが)土地を抱えていて、潤うのには届かないまでも食うには困らない地区である。広い区画を十数個の小区画に分け、それぞれ代表者を選出したうえでの自治のようなものも行われており、人間が住みやすい。
食うに困らず安全な土地には人が増え、他地区への影響力も必然的に高くなる。第八地区を管理している自治会を説き伏せて他地区に渡りをつけることができれば、そこからリベリオンと天子の間に起こった真実の物語とナーヴの大罪が、人海戦術によって他方に広がってゆく。武力に訴えるよりまず人心を掌握しようという魂胆が見え透いているが、ナーヴの洗脳に堕ちる前に荒野に希望をぶら下げておくのは悪い考えではないだろう。
そう策を練っていた矢先の出来事である。
状況把握と釈明のためにクウラは、クヴァルを伴って昨日午後から第八地区に説得へ訪れていた。ロイエは今まさに、ライデンと共にアルムの護衛として待機している。明日の夕方前には一度クウラ達が戻り、こちらに状況を説明してくれる予定だ。そして、実際にアルムが赴くかどうかを、アルム自身が決めることになる。
ここで上手くいかなければ、八方塞がりに陥る。
まさに決戦前夜である。
砂を踏むブーツの音が後ろから聞こえた気がして、ロイエは少し屈み込み右手で古めかしいラジオを止めた。
「寒くないのか?」
振り返ると、薄汚れた大きな布を身体に巻き付けた少年が、荒野に張ったテントから這い出してきたところである。
「大丈夫だよ。おじさんだけど元軍人だからね。……眠れない?」
「ライデンの鼾がすごいんだ……ずっと向こうのテントなのにすぐ隣で寝ているように感じるぞ」
アクアグリーンのまっすぐな髪をした少年、天子アルムは、夜の寒さに身を震わせながら口角におどけた笑みを浮かべた。
「こっちおいで、ほら火に当たって」
アルムは暗闇の中で小さく頷いて、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。ロイエは立ち上がって火の前を譲りその脇にずれると、不寝番のために集めておいた枝を義手の左手に掴んで火に放り込んだ。水や食料と違って枯れ枝ならばいくらでもあるのが、この荒野の夜にせめてもの救いである。
「うまくいけばいいんだが……」
焚火というほど大きくはなく、大人が両手を翳せば覆いかぶさって消えてしまうのではないかと思える火は、アルムの丸い頬を夕暮れの橙のように染める。
ロイエは頷くと、ごく明るい声音で言った。
「そうねぇ……クウラくんは巧くやるだろうけど、クヴァルくんがねぇ」
「クヴァルは真面目だからな」
第八地区の説得にアルムを帯同しないことを殊更に主張したのはクヴァルである。
万が一呪詛が発動したときのことを憂慮するのは誰しもだが、それ以上にクヴァルは、アルムに直接投げかけられるネガティブな言葉の数々とその状況を何より嫌う。自分だけの前でアルムを貶められるのですら耐えられないのに、アルム本人にアルムに不名誉な言葉を投げつけてくる輩がいようものならば、呪詛の前にクヴァルの拳が発動する。
元々頭にクソがつくほどの真面目だが、その真面目が一周回って暴走に至りがちなのはクヴァルの悪い癖であった。
それでは通常通りにクヴァルがアルムの護衛にまわり、ロイエがクウラに随従する形を採るかとも考えたが、第八地区は自治と人口の関係でもとよりユニティオーダーに目を付けられており、ロイエの隊長時代には常時五百名ほどの隊員が駐留していた大規模拠点が目と鼻の先にある。地上で武勲を立ててしまった過去ゆえに面の割れてまくっている元隊長が、たとえクウラの護衛と称してでも出ていくわけにはいかないのだ。脱走兵の身柄と引き換えに金銭を得ようとする輩に邪魔だてされるリスクは、クヴァルなどよりも余程高いのである。
しかしだからといって、クウラ独りで行かせるわけにもいかない。
この作戦の本懐は、アルムが本物の天子であることを証明してみせることだ。
アルムの代弁者としてクヴァルを遣わし天子の存在を住民に信じさせ、安全が確保できたことを確認でき次第、アルムを実際に第八地区まで誘導する。そしてそこでアルムが直接自治区の代表者たちに助力を請う。そのためにはまず、アルムのことをよく知るクヴァルが、天子がここに実在し、地上の味方になってくれるという希望を信じ込ませなければならないのである。
無論、リスクはかなり高い。第八地区のみならず、聖印を持たない全ての人間にとって、アルムへの精神的な負荷は死と直結する。
それでも、第八地区の協力を得なければ先へ進めないように思う。地上勢力を纏めようにもこれ以上どうにもならない。なんとかして現状を打破しなければ。
そう思うのはアルムも同じなのだろう。
「クヴァルたちは今頃どうしているだろうか……」
ごく小さな焚火に両手を寄せて、少年は満天の星空を見上げる。
濃紺の空には宝石箱をひっくり返したようにして星が瞬いていた。今は十一月の始めだから、オリオン座のペテルギウスが澄んで見える。
シャオの幼い頃に百科事典を抱えて何度か二人で星を見たが、彼は心底つまらなさそうな顔でぼんやりと夜空を見上げていた。アルムの横顔が星に呼応するように煌めいていて、そんなことをふいに思い出してしまう。
「怖いかい?」
「………」
アルムは微笑んだまま、夜空を見上げ続ける。
「いやぁ、怖くないわけないよねぇ……若い頃の僕だったらすたこら逃げ出してる」
殊更にのんびりと言いながら、ロイエは枯れ枝を火にくべる。
「優しいんだな……ロイエは」
「ええ? 今の台詞のどこに優しさ要素あった? 我ながら腰抜けだなって情けなくなったんだけど」
「いいや、ロイエは優しい」
言い切られて、ロイエは押し黙った。
ロイエのことを優しいと信じてくれている人は多い。ロイエ自身は自分のことを、ただ物言いが少しばかり軟らかいだけで、性分が優しいわけではないのだと思っている。それでも優しいと言われるのは、きっとその人がロイエに優しく在ってほしいという願望なの表れなのだろう。
「少し……昔の話をしてもいいだろうか?」
「もちろんだよ」
ロイエは穏やかに笑った。
「眠れない時によく、エーテルネーアが物語を聞かせてくれたんだ」
「へえ……」
懐かしむようにそう言いながら、アルムはブーツの先に落ちていた枯れ枝を拾い上げると焚火の根元を突く。ロイエは軽く相槌を打ちながら、漸く焚火の傍に腰を下ろした。
どうやらアルムは暫く眠らないらしい。
「幼い頃の私は暗闇が怖くてな……寝台の上に独りで寝ていると、闇が迫ってきて私を食べてしまうんだと、いつも怯えていた」
ぱちり、と炎が爆ぜ、荒野の夜に火の粉が舞う。
「昼間はクヴァルや他の世話係が居てくれたから寂しくなかったけど、夜は誰も居なくて……真夜中の禁園はしんとしていて、物音ひとつしないんだ。それなのにたまに風が吹くと、周りの木がざわざわ揺れて……とても不気味だった」
「わかるよ。禁園の周りには光が無いしね」
アルムは頷くと、枯れ木を膝の上にしまい込んで、また焚火に手を翳す。
「それで、怖くて怖くてどうしようもなくなると、私は泣きながらエーテルネーアを呼んだ……」
「………」
「いや、違うな……私が怖くて怖くてどうしようもないと思っていると、エーテルネーアが突然現れるんだ」
「呼んでないのに?」
「そうなのだ、不思議だろう? だから幼い頃の私は、エーテルネーア様は千里眼というやつを持っているんだと思っていた」
アルムはそう言いながら笑うのに合わせて、ロイエも淡く笑う。
おそらく監視カメラか監視用の音声マイクが部屋のどこかに仕込まれていたのだろう。それを観るか聴くかして、アルムが眠れないでいるのを知ったのだろうことは想像がつくのだが、アルムが心底不思議そうにしているので一生黙っていることにする。
「それで、私が眠るまで寝台の脇に腰かけてお話をしてくれた」
アルムは思い出したようにふふ、と唇の上に得意げな笑みを浮かべながら姿勢を正し、まっすぐにロイエを見た。
「私はいつもこう言った。『暗闇が怖いのです。あの暗闇から化け物が出てきて私を食べてしまう!』 するとエーテルネーアは必ず、こう返してくれた――、『安心なさい。ユニティオーダーが必ず護ってくれるよ』」
アルムの大きな黄金色の両眼に橙が映り込み、炎が揺らめくのと一緒に爛々と輝いていた。
「それでも私はこう言って困らせた。『でも、ユニティオーダーはみんな怖いのでしょう?』」
その言い様に、ロイエは軽く肩を竦めてしまった。全く以てその通りである。ユニティオーダーは未だに、いや、昔以上に、世界で最も武装化された巨大な軍隊だ。
「するとエーテルネーアはちょっと困った顔をして、いつもこう言ったんだ――『ユニティオーダーにも優しい人は居るよ。隊長のロイエは、きみを絶対に傷付けたりしない』」
「う………、え……」
ロイエは一瞬何と返していいかわからずに、ぁ~とかぅ~とかいう呻きを漏らしながら空を見上げた。
「でもあの頃の私は、隊長のロイエに会ったことがなかった」
それはそうだろう、と思いながらロイエは何とかアルムに視線を向けた。
前任の隊長が亡くなってロイエが就任したのは確かアルムが五歳の時で、初めて天子様にお目通りが叶ったのは次の祝祭、彼が八歳の時分である。
禁園から大聖堂のバルコニーへの道のりを歩き、信者たちの参賀が終わるまで、ロイエは隊長として天子様の護衛に当たっていた。隊長に就任して初めての祝祭を迎えたロイエは、ミゼリコルドとエーテルネーアのすぐ後ろから、まだ幼い天子の後姿を見守っていたのだ。
アルムの目まぐるしいまでの成長と朗らかな笑顔に、胸が熱くなるほどに感動していたのを、今でも昨日のことのように覚えている。
「次の祝祭までロイエには会えないから、私は納得がいかないという顔をしていたんだろうな……エーテルネーアは困ってしまったんだろう。泣いている私を慰めるように、静かにお話を始めてくれるんだ……」
アルムは焚火を見つめると、まるで夢でも見ているかのように華やかな声音で言う。薄水色に彩られた黄金色の湖面に橙の星が瞬いて、小さな横顔から今にも零れ落ちそうだった。
「昨夜……、久しぶりに夢を見たんだ。私はまだ小さくて、夢の中のエーテルネーアもずっと若かった。いつもみたいに寝台の脇に腰かけて、お話を聞かせてくれていた」
「どんな話?」
「貧乏な男が空飛ぶトランクに乗って異国のお姫様に求婚する話だ」
「アンデルセンか……」
「もうこの世に存在しない、ずっと昔の、遠い遠い国の話……私のお気に入りだった」
アルムはそう言うと、夜空を見上げて微笑んだ。
「優しい人だったな……」
ロイエは黙ったままその横顔を見つめた。
ふいに荒野に風が吹いて、焚火の炎がごうっと音を立てて燃え盛った。一瞬火花をまき散らしながら燃えた炎は、そのあとはただもとの穏やかさを取り戻し、小さな声で夜風に囁きかけてくるだけである。
ロイエは風に攫われた横髪を耳にかけると、野宿のために用意したアルミの小さな鍋を頭陀袋の中から取り出した。確か携帯用に固められたオートミールがあったはずだ。立ち上がってテントの入り口へ戻ると袋の中からオートミールと、地上では貴重な砂糖の小瓶を持って焚火の傍まで戻ってくる。
「何をするのだ?」
「おなか、空いてるでしょ?」
夕飯の時に、適当な石を並べて簡易竈を組んだ。そこに網を渡して水を薄く張った鍋をかけて、オートミールの欠片を沈める。ユニティオーダーの遠征時にはよく口にしたものだったが、果たして元天子様のお口には合うだろうか。
「実はお腹が空いて眠れなかったんだ」
「あはは、だと思ったよ」
直に炙られれば小さな炎でも威力があるもので、やがてくつくつと音を立てながら鍋の中に泡が立ち始める。アルムは小さく尖った鼻を動かして、風に混じる雑穀の香りを大きく吸い込んだ。
「あの人は優しい人だったよ」
「え……?」
ふと、そんな言葉が唇から零れた。
アルムが淡い色のまつ毛を瞬かせる。
「エーテルネーアは優しくて、とても強い人だった」
荒野の夜に暖かな香りが立ち昇り、ロイエはそっと、苦く笑った。
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